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前橋地方裁判所 昭和41年(レ)22号 判決

控訴人(第一審被告) 田島よね

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木久雄

被控訴人(第一審原告) 龍善寺

右代表者代表役員 岩沢政純

右訴訟代理人弁護士 三田善也

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

原判決主文第一項中「別紙図面の(イ)(ロ)(ヘ)(ト)(チ)(ニ)(ホ)(イ)点を順次つないだ直線内の部分四五〇・四一三一平方米」とあるのを「別紙図面(ただし、前橋地方裁判所昭和四一年(レ)第二二号建物収去土地明渡請求控訴事件判決末尾添付はもの)の(イ)(ロ)(ヘ)(ト)(チ)(ニ)(ホ)(イ)点を順次直線でつないで囲む部分」に、同第二項中「別紙図面の(ロ)(ハ)(チ)(ト)(ヘ)(ロ)点を順次つないだ直線内の部分一二九・七五二平方米」とあるのを「別紙図面(ただし、前橋地方裁判所昭和四一年(レ)第二二号建物収去土地明渡請求控訴事件判決末尾添付のもの)の(ロ)(ハ)(チ)(ト)(ヘ)(ロ)点を順次直線でつないで囲む部分」に、それぞれ更正する。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、被控訴人は別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を明治一四年当時から所有している。

二、控訴人田島よねは本件土地のうち別級図面記載の(イ)(ロ)(ヘ)(ト)(チ)(ニ)(ホ)(イ)点を順次つないだ直線内の部分に別紙第二目録記載の建物を所有し、かつ、これに居住して右土地を占有している。

三、控訴人下境義四郎は本件土地のうち別紙図面記載の(ロ)(ハ)(チ)(ト)(ヘ)(ロ)点を順次つないだ直線内の部分に別紙第三目録記載の建物を所有し、かつ、これに居住して右土地を占有している。

四、よって、被控訴人は控訴人らに対し所有権に基づきそれぞれ右各建物を収去して右各占有部分の土地を明渡すことを求める。

控訴人ら代理人は被控訴人の一、の主張のうち明治一四年当時被控訴人が本件土地を所有していたこと、および同二、三、の請求原因事実をすべて認め、抗弁として次のとおり述べた。

一、訴外田島儀三郎は昭和二年四月五日本件土地を当時の所有権者である訴外小泉平八から代金二〇〇円で買受け、その所有権を取得した。ただし、訴外小泉平八が本件土地の所有権を取得した原因は不明である。

二、仮に、右売買によって訴外田島儀三郎が本件土地の所有権を取得するに至らなかったとしても、

(一)  本件土地は右儀三郎が時効によってその所有権を取得した。すなわち、同訴外人は訴外小泉平八との売買に基づき昭和二年四月五日以降二〇年間または一〇年間その占有を継続したものであって、右儀三郎において占有の始めに自己にその所有権があると信じるについて過失はなかった。

(二)  右儀三郎から、控訴人田島よねは昭和二年四月中、本件土地のうち別紙図面記載の(イ)(ロ)(ヘ)(ト)(チ)(ニ)(ホ)(イ)点を順次つないだ直線内の部分を、控訴人下境義四郎は昭和四二年から数年前に、本件土地のうち同図面記載の(ロ)(ハ)(チ)(ト)(ヘ)(ロ)点を順次つないだ直線内の部分を、それぞれ無償にて借り受けたので、いずれも使用貸借上の権利者として右儀三郎の取得時効を援用する。

被控訴代理人は控訴人らの抗弁に対し、「訴外小泉平八と同田島儀三郎とが主張の日時に主張の売買契約を締結したこと、右儀三郎が本件土地の占有を昭和二年四月五日開始し、同日以降二〇年間または一〇年間経過した際も右占有をしていたこと、はいずれも知らない。右儀三郎が占有の始めに無過失であったこと、同訴外人と控訴人らがそれぞれ主張の日時に主張の使用貸借契約を締結したことは、いずれも否認する。」と述べ、再抗弁として次のとおり述べた。

一、訴外田島儀三郎は本件土地の占有を始めた際、悪意であった。

二、右儀三郎は本件土地を占有するについて所有の意思を有していなかった。

三、右儀三郎は被控訴人に対し被控訴人を本件土地の所有権者として昭和二八年三月一二日から昭和三二年一二月三〇日まで本件土地の地代を支払ってきたのであって、右は控訴人ら主張の時効の利益を放棄する意思表示があったものとみられる。

控訴人ら代理人は被控訴人の再抗弁に対し、「被控訴人の主張事実はいずれも否認する。もっとも訴外田島儀三郎は昭和二〇年から昭和二二年までの間被控訴人に地代を支払ったことはある。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

被控訴人が明治一四年当時本件土地を所有していたこと、および被控訴人主張二、三、の各請求原因事実は当事者間に争いがない。

そこで、控訴人らの主張の抗弁について判断する。

一、抗弁一について。

控訴人らは、昭和二年当時の本件土地所有権者は訴外小泉平八なる者であったと主張するが、それだけであって、前示被控訴人の所有権の喪失原因については何らの主張立証もしない。従って抗弁一、はその余の点につき判断する必要もなくこれを採用するに理由なきものである。(なお、控訴人らの抗弁一、の主張が前示権利自白を撤回した趣旨と解せられないことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。)

二、抗弁二について。

まず、控訴人らが訴外田島儀三郎の本件土地に対する取得時効についてその援用権者たる資格を有するかどうかの点について考察する。

取得時効を援用しうる民法第一四五条にいわゆる「当事者」の概念については、時効により直接利益を受ける者」「時効により直接間接利益を受ける者」或いは「時効により直接権利を取得する者のほか、この権利に基いて権利を取得する者」等種々の見解が対立しているが、これらはそれぞれ単なる抽象的な基準に過ぎず、特に時効取得すべき者といかなる法律関係に立つ者までが取得時効を援用しうるかについては、その権利の性質や時効の援用を認めることによって生ずる法律関係の合理性ないしは非合理性等を総合して、これを「当事者」とすべきか否かを決すべきである。

これを本件について見るに、控訴人らは、訴外田島儀三郎との間に本件土地について使用貸借契約を締結したとし、右使用貸借上の借主として貸主である右訴外人の土地所有権の取得時効を援用する旨主張するのであるが、もともと使用貸借は無償で他人の物を使用する権利であって、債権としての性質上、たとえば時効取得すべき者から更に所有権を承継すべき者、或いは時効取得すべき者から他物権の設定を受けている者等時効の援用によりその物につき物権を取得すると解するを相当とする者と比較すると、その法律的地位は強固なものでなく、援用を受ける相手方との利害考量の見地に立っても、特に借主を優先して保護すべき法律上の必要性に乏しいうえ、仮りに援用権を認めるとすると、時効の援用の相対効から使用貸借関係は時効取得者の従前の所有者との間に引き継がせざるを得ず、それでは債権契約のうちでも、とりわけその無償性から緊密な人的関係を必要とする使用貸借契約の本旨にも反し、不合理な法律関係を招来するものといわなければならない。以上を総合すれば、所有権を時効取得すべき者から使用貸借の設定を受けた借主は、民法第一四五条にいわゆる「当事者」たる立場にある者ということはできず、したがって貸主の取得時効を援用することはできないと解するのが相当である。すると、控訴人らが右取得時効の援用権者であることを前提とする抗弁二はその余の事実について判断するまでもなくこれを採用することができない。

以上の事実によれば、控訴人らは本件土地を占有するにつき、他に所有権者たる被控訴人に対抗しうべき権原がない以上、被控訴人に対し各所有の建物を収去して本件土地のうちその占有部分を明渡す義務があるものといわなければならない。

よって、被控訴人の本訴請求はいずれも正当として認容すべきところ、これと理由を異にするが結果において同旨の原判決は結局相当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないものとして、これを棄却すべきであるが、原判決主文第一、二項において各土地部分を特定する原判決末尾添付の別紙図面の表示が明確を欠く誤謬のあること本件記録に照し明白であるから職権をもって主文のとおりこれを更正することとする。

そこで、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安井章 裁判官 松村利教 大田黒昔生)

〈以下省略〉

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